メッセージ(礼拝説教要旨) 最新版 先週までのメッセージ

【耳をきりで刺し通す】(2024年7月28日)

〈出エジプト記20:22-21:11〉,前橋中部教会主日礼拝説教(要旨) 堀江知己牧師

  主は最初に祭壇について指示されました。捕囚より帰還した民も、神の祭壇を築くことから始めました(エズ3:2)。礼拝は一番大切なのです。主が求められるのは、簡素な祭壇でした(25)。私たちも、飾り気のない土や石で祭壇を築きましょう。私たちの最も身近なところに、土が用意されています。それは私たち自身の体です(創2:7)。私たちの体は、主に献げるための祭壇、いけにえとならねばなりません(ロマ12:1)。石で祭壇を作るにしても、同様に考えることができます(一ペト2:5)。祭壇は、階段を用いて作ってはなりませんでした。隠しておくべきものが見えてしまうからです。主の御前にあって、裸を見せてはなりません(ヨハ21:7)。しかし、天の至聖所で、天使たちは階段を上り下りしています(創28:12)。天使のように汚れがなければ、神のみもとに階段で登ることができます。いずれにせよ、主の御前に上る際には、汚れを身にまとった状態であってはならない、といった勧めが説かれています。奴隷が妻をめとり、妻子と主人の下で暮らす場合、耳をきりで刺し通されねばなりませんでした。そんなことをすれば耳は聞こえなくなります。私たちは主の奴隷であるのと同時に、(結婚して妻と一緒に暮らすという願いに限らず)それぞれ願いを持っています。しかし願いを持っていると、心が分かれてしまいます(一コリ7:33)。そのような私たちは、耳をきりで突き刺されねばなりません。御言葉の剣といったきりで(ヘブ4:12)。私たちはそれぞれ、本当に大きな願いを主にかなえていただいた一方で、主人であられる神のみもとで暮らし続けたいと願っています。そのような私たちは、ともすると心が幾つかに分かれてしまいかねませんから、御言葉の剣によって、悪い誘惑の声が聞こえなくなるように、耳を突き刺してもらいましょう。礼拝説教は、いわば心の耳を突き刺すきりです。ピアスの穴が、時間がたつと肉で塞がれてしまうように、御言葉によって突き刺されたとしても、時間がたつと肉の思いで塞がってしまいます。ですから定期的に、毎週礼拝に集い、御言葉のきりで心の耳を突き刺してもらう必要があります。


メッセージ一覧に戻る